つくっただけで満足してはいけない 悠久会が運用する行動指針「YELL」活用の歩み
2026-05-27
善意が不適切ケアに変わるという危機感
温暖な気候に恵まれた長崎県島原市。地元食材を使ったハンバーガーショップを運営するなど、「福祉×まちづくり×SDGs」をテーマにしたユニークな取組を行うのが社会福祉法人悠久会です。地域とのつながりを大切にし、ターミナル駅にも近い便利な立地で“まちなか福祉”を実践しています。
めざすのは「ひらいている/知る・知られる/つなぐ/むすぶ/うみだす/ささえあう」という6つのステップを経た地域共生社会の実現です。ご利用者も支援者も地域で暮らす一員であり、「いい福祉を提供するには、いいまちでなければいけない」という相関関係を意識しているからです。
そのビジョンを支える土台として、「YELL(エール)」と名づけた権利擁護の取組を推進しています。名前の由来は応援のかけ声を意味する「エール」と、「やさしさ・ゆとり・よろこび」の頭文字である3つのYです。
永代秀顕理事長が“永遠のベータ版”と呼ぶYELLは、現在進行形でブラッシュアップが続く行動指針です。作成の背景にあったのは、職員の善意にもとづく支援が、ときに不適切な支援に変わり得るという気づきでした。
例えば糖尿病などの食事制限のあるご利用者が、お菓子を食べたいと希望されたときにどう判断するか。あるいは強度行動障害のある方の行動の自由をどう保証するか。健康や安全への配慮か、それともご利用者の意思尊重かという倫理的ジレンマが生じます。ご利用者の体調や特性によっても最適な支援の方法は変わり、昨日の正解が今日も正解であるとは限りません。
支援のずれは職員個々人の資質だけではなく、根拠なき経験主義やパターナリズム(強い立場にある人が、相手の保護を理由に過度な介入をする父権主義)など、構造の問題からも生まれると永代理事長は説きます。とくに危惧するのが「気づきの欠如」です。日々のケアがルーティン化し、良し悪しに気づかなくなることで、改善の機会が失われることを懸念していました。

全80項目の行動指針「YELL」
福祉の世界には大きな指針として法令や倫理綱領がありますが、現場ではガイドラインに示されていないような個別の判断を日々求められます。二者のあいだを橋渡しする法人独自の指針として2018年9月にYELLを定めました。
国や業界団体とは別に行動指針をつくるメリットについて、永代理事長は「同じ制度にもとづいているので似たものにはなってくるのですが、例えば当法人だと地域活性化やまちづくりに力を入れているなど、法人ごとにカラーがあります。職員のあいだで普段よく出る疑問なども優先的に盛り込めます。法人がめざす方向性を反映できるのが利点だと思います」と評価します。
実際に携帯できる印刷物として作成したのが胸ポケット判YELLです。手帳ほどのサイズで、朝礼での読み合わせや判断に迷ったときなど、いつでも見返せるようになっています。YELLには「A.権利擁護」「B.意思尊重」「C.自立支援」「D.危機管理」「E.専門性・多様性の追求」「F.コミュニケーション」「G.チームワーク」の7つの柱があり、全80項目で構成されます。各項目の末尾は「利用者の尊厳を大切にします」など肯定形で結び、誰でも内容に共感できるような、わかりやすい表現にこだわりました。永代理事長がよく口にするのは「説得ではなく納得」という言葉です。
「最初は禁止の表現が多かったのですが、否定形を多用すると違反にばかり意識が向いて、自主性が育ちにくいと感じました。YELLが示すのはあくまで“望ましい姿”で、それぞれの職員が日々悩みながら試行錯誤を積み重ねることで、専門性が向上していくと考えたのです」と永代理事長は話します。
アイディアのもととなったのは職員との対話です。「考えていることを言語化してください、と言うとどの職員も身構えてしまうのですが、実は普段の何気ない会話に思いが出てきます。それをとにかくたくさん書き留めて、YELLの参考にしました」と制作過程を振り返ります。
YELLの活用には個人・育成・組織の3つのレベルがあるといいます。まずは個人が判断に迷ったときの道しるべとして。2つ目に育成のツールとして。例えば新しい職員が加わったとき、「教えもれ」や「伝えもれ」を防ぎ、悠久会全体のスタンダードな支援の在り方を伝えることができます。3つ目に組織の共通言語としてYELLを使い、対話のきっかけとします。

形骸化を打破する「YELL対話ラボ」スタート
数年にわたってYELLを運用し、悠久会にはいくつかの気づきがありました。大きかったのは、冊子を配布しただけでは定着しないということです。「つくっただけで満足した時期がありました」と永代理事長は自戒を込めて語ります。忙しい毎日の業務のなかで、理念が形骸化することは社会福祉法人に共通する課題です。
多様なバックグラウンドをもつ人が入所したり、終末期支援を求められるようになったりと、時代によって社会福祉法人の役割が少しずつ変化していることも感じていました。事業所ごとにYELLの運用や浸透度に差があることも課題です。
悠久会では新たな取組として、外部ファシリテーターを招いたワークショップ「YELL対話ラボ」をはじめました。月1回、職員15〜20名規模で開催。日々の気づきや迷いをもち寄り、役職を超えて対話します。先輩や同僚に面と向かっては言いにくいことも、YELLという共通言語があることで、個人攻撃にならずに指摘することができます。
質の高い支援の土台となるのは、一方的に否定されたり叱責されたりしない、良好な職場環境だと悠久会では考えています。日々の困りごとを抱え込まず、周囲に相談することで他者の判断軸が入り、行き過ぎた支援にブレーキがかかることにもつながります。
全6回のワークショップ内容はライターが記事化して、内外に発信することも予定しています。語られた話題を参考に、YELLの改訂も行います。トップダウンではない、職員参加でつくられた第3版、第4版のYELLをめざします。
「権利擁護は大きな予算やリソースをかけて実現する壮大な物語ではなく、一人の気づきや行動が共感を得て、バタフライエフェクトのように広がっていくものだと思います。チャレンジを揶揄せず、支援する組織風土をつくっていきたいです。より良くしようと行動する人が報われる職場であってほしいですね」と永代理事長は話します。
