「虐待ゼロ宣言」利用者と職員がともに安心できる博由社の取組
2026-06-29
全職員が基本理念を胸に再スタートを図った
社会福祉法人博由社は、兵庫県内3市で5か所の事業所を運営し、職員数300名を超える大規模法人です。このうちの障害者支援施設で平成25年、正当な理由なくご利用者の身体拘束を行うなどの虐待事案が発生しました。
改善勧告をもとに再発防止に取り組みましたが、平成29年には職員による暴行事件が起こります。兵庫県は事態を重く見て、理事長らの退陣を勧告。当時、兵庫県福祉部長として対応にあたった柏由紀夫理事長は「いまでは当たり前となっている、ご利用者の尊厳を守るという意識、虐待や暴力は罪だという認識が希薄だったと思います」と振り返ります。
博由社は現在、新しい経営体制のもとで「虐待ゼロ宣言」を掲げ、信頼回復に取り組んでいます。まずは虐待事案検証委員会から出された「25項目の提言」を受け、改革の軸を定めました。「基本理念・方針の明確化」「職員体制・環境整備」「施設環境の安全性向上」「法的助言体制」「ガバナンス強化」「研修・チェック体制」「意識啓発と文化づくり」「働きやすい職場づくり」の8つの柱です。
なかでも柏理事長が重視するのが「基本理念の理解」です。博由社では「忠恕(ちゅうじょ)」という孔子の言葉を理念とし、人を思いやる心を説いてきました。しかし、理念が形骸化し、事業の目的を見失ったことが、虐待の土壌になったと考えたのです。
事件後、法人理念とそれに基づく7つの基本方針をクレドカード化し、全職員が携帯することにしました。改めて倫理綱領と行動規範も策定しました。年に一度、外部講師を呼んで行う虐待防止研修も重要な取組です。職員自身のセルフチェックに加え、虐待防止委員会による事業所ごとのチェックも定期的に行います。過去の事例を蓄積した「虐待防止事例集」は、日々の業務で迷ったときの参考書になっています。
ご利用者の尊厳を軽視しはじめる仕草が、虐待初期の重要なサインだと柏理事長は分析しています。乱暴な言葉を使う、支援がぞんざいになるなどのちょっとした変化が、いずれ人目につかないところでの暴力に発展する。こうした問題意識から、令和7年10月には「言葉の見直し月間」と銘打ち、支援の場面で使いがちな「早くして」「ちゃんとやって」といった言葉を再考する取組を実施しました。

勤務中の安心感とプライベートの充実で職員を支える
意識改革に加え、安心して働ける環境づくりに取り組んだのも博由社の大きな特徴です。不適切なケアは、夜間など人手が少ない時間帯に発生しがちです。職員配置を改善し、さらに職員用のインカムを導入して緊急対応ができるように整えました。体力のあるご利用者や、強度行動障害のあるご利用者の対応に困ったとき、その場に職員がいなくてもインカムを通じて応援を呼べるため、無理なケアがなくなりました。
職員の余暇活動やリフレッシュを推奨し、ハラスメントなどの相談窓口も設置しています。無人の商品棚からお菓子などを買える「オフィスコンビニ」の導入は、休憩時間の質を向上させ、職員同士の自然なコミュニケーションにつながっています。また、福利厚生サービス「ベネフィット・ステーション」を導入し、プライベートの充実もサポート。加盟店での割引適用に加え、Netflixの視聴ができる点は職員から好評です。福祉職の待遇改善が課題となるなか、少しでも職員に還元したいと柏理事長は話します。
役職ごとに業務が評価されるよう人事考課制度も見直し、職員の意欲向上につなげています。さらに、休暇の取得や人材確保対策にも工夫を欠かしません。一日単位だった有給休暇は、いまでは時間単位で取得でき、入職初日から付与されます。職員の紹介によって新規採用が実現した場合、紹介した人にもされた人にも手当が出る職員紹介制度を整えました。
なぜここまで職場環境改善に力を入れるのでしょうか。これまでの職歴で多くの虐待事例を知る柏理事長から見て、虐待をする人は決して特殊な人間ではないといいます。「普段は真面目な職員だというケースも多いのです。しかし、余裕のない労働環境や私生活も含めて、何らかの外的要因がきっかけで虐待が起こってしまう」と分析します。職員のストレスを軽減し、働きやすい職場をつくることは、改革の大きな柱となっています。

職員同士の議論があってこそ改革は継続する
業務の透明性の確保にも心を配っています。インターネット経由でファイル管理などができるグループウェア「NI Collabo 360」を法人全体で導入し、情報共有の体制を整えました。見守りカメラ設置や明かり取り窓の改修などで、死角ができない環境づくりも進めました。法律面で判断に迷うことは、弁護士資格をもつ理事と相談できる体制があります。職員会議や運営会議、各種委員会をきちんと運営し、議論を尽くすことを徹底した結果、法人の雰囲気は少しずつ変わっていきました。
「以前は議論の場が少なく、すべてが曖昧なまま進んでいくことが課題でした。いまは職員が意見を言い合える関係になり、議論の場である委員会活動も活発です。委員会主体で『5S運動』を自発的に進め、現場に入ると私も驚くほどきれいに整理整頓されています」と話す柏理事長は、真正面から課題に取り組む職員の姿に希望を感じています。
事件や事故が起きたときの再発防止策として、監視の強化や、厳罰化という方針もあります。博由社では、なぜその方法を採らなかったのでしょうか。「強制力を働かせるやり方では、どこかでひずみが出ると考えました。見えないところでやる、ごまかしてやる、というように虐待が形を変えると思ったのです。「なぜ虐待がだめなのか」、本質を理解する心を持つことが一番大事だと思いました」と柏理事長は話します。
第三者の目を入れて風通しのよい法人運営をするため、地域のための活動にも力を入れます。障害者支援施設「博由園」で行う「博フェス」は、地域から400名以上の方が集まるイベントです。ほかにも秋祭り、家族会、クリスマス会、地域向けの介護教室など、外部の方を招くイベントを事業計画の柱にすえ、各事業所が工夫を凝らしています。
事件後、地域での博由園の信頼は失われ、職員もボランティアも集まらない時期が長く続きました。現在は法人所有の農地での農業ボランティアや大学からの実習生など、施設を訪れる人が着実に増えています。一度は途切れた縁が、再び結ばれようとしています。「虐待を過去のものにするのではなく、大事な教訓として、未来に向かって継続的な改善とガバナンスの強化を図っていきます」と柏理事長は決意を語りました。
