「委託して終わり」にしない 送迎事業者とともに考える虐待防止
2026-09-16
無自覚な言葉が虐待の芽につながる
社会福祉法人東京都手をつなぐ育成会が、指定管理者として運営する「北区立あすなろ福祉園」。生活介護事業と指定特定相談支援事業を行い、おもに知的障がいのある方のアートや運動などの日中活動を支援しています。区立の施設であることから、障がい程度の重い方や、強度行動障がいのある方も広く受け入れています。日々の活動に欠かせないのが、ご利用者の送迎を担う民間のバス事業者です。
施設従事者への虐待防止研修は令和4年度から義務化されていますが、あすなろ福祉園ではそれ以前から委託業者向けの研修を実施してきました。背景にあったのは、悪意なく発せられる言葉が虐待の芽になるという懸念です。
例えば親しみを込めた冗談のつもりで言った言葉。どうしてそんなことを言ったのか事情を聞くと「悪い意味ではなかった」「自分の子どものような感覚で声をかけた」という反応があり、無自覚の行為が見えてきました。
「よく“不適切な支援”と言いますが、そもそも不適切だったらそれは支援ではないのです。“不適切な対応”ですよね。私たち支援者は、自分の対応を常に確認しなければいけません」と藤村慶一主任支援員・サービス管理責任者は話します。
あすなろ福祉園では、令和7年度に2回にわたって送迎委託業者向け権利擁護・虐待防止研修を行いました。都立多摩図書館での開催時には52名、複合文化施設「北とぴあ」での開催時には65名が参加する大規模なものとなりました。対象はバス運転手、添乗員、営業所職員などで、管理職の参加もありました。
バスの運行スタッフには60代や70代の方も多くいます。障害者総合支援法もまだなく、支援員が「指導員」と呼ばれる時代を長く過ごしてきました。約1時間の研修では参加者の生活背景を念頭に置き、時代に応じて感覚をアップデートすることの必要性を伝えました。

バス事業者を対象とした権利擁護・虐待防止研修
研修では「障害者虐待防止法」「虐待が起こる背景」「感情労働」などを解説し、ワークも行います。虐待防止法の対象となる3者の定義のところでは、バス事業者のような委託業者も含まれることを説明しました。
日頃、多くの保護者と関わる福祉施設ならではの視点も盛り込んでいます。周囲への配慮から保護者は、ときに「うちの子は厳しくしつけてください」「叱ってください」などと言うことがあります。しかし、それを鵜呑みにしてはいけないと藤村主任は強調します。
研修内容には藤村主任の実体験も活かされています。日中活動中、ある職員がご利用者から「○○さんが作業をやらない」と訴えられました。「そうですね」と返すこともできましたが、その職員は「でも○○さんは別の作業は得意なんですよ」と答えました。答え方一つで、作業の手を止めているご利用者に対する他利用者の印象が一変したシーンでした。研修ではこの経験を例に、物事の捉え方を変えるリフレーミングの手法についても伝えています。例えば「作業が続かない人」は「短時間の集中が得意な人」と言い換えることができます。
このような虐待防止研修を行うと「あれもこれも虐待になるから、もう何も言えない」という声も出ます。「じっとしてください」のような抽象的な声かけではなく、「手を膝に置きましょう」のような動画としてイメージできる具体的な声かけを例示しました。
感情労働という観点から、虐待が起こる背景についても解説しています。送迎中にはご利用者が大きな声を出す、走行中にシートベルトを外してしまうなど、支援者にとってもストレスフルな場面に出会います。
「虐待のリスクが高いのは、支援者も『どうしよう』と気持ちがドキドキしているときなのです。自身がどんな状況で、どれくらい気持ちの揺れ幅があるのかを知っておくのは効果的です」と藤村主任は言います。支援者が対応に困る瞬間、実はご利用者自身も困っており、その気づきが利用者の方への理解を深める一歩であることを伝えて研修を結びました。

人の気持ちに寄り添う前向きな虐待防止活動
あすなろ福祉園の委託業者研修は、当初は運転手や添乗員を施設に招いて行う小規模なものでした。しかし参加した人が営業所に戻り、所長や上席と共有するうちに「いい研修だった」という評判が広がりました。次第に本社の研修担当者や管理職が参加するようになり、令和6年度からの全体研修に発展していきました。
研修で伝えることは、藤村主任が日々の仕事で大切にしている価値観と重なります。「どんなに重度の方であっても、意思の表出はあると私は思っています。たとえ言葉はなくても、一緒に活動をしたり散歩をしたりして、“楽しかった”という記憶は残るのではないかと。ですから、その気持ちに寄り添うことは可能だと信じています」と言います。
今後はご利用者の気持ちを汲み取る工夫を、もっと発展させられないかと考えています。ご利用者の好みは千差万別で、大勢の前で褒められることが好きな方もいれば、ひっそり声をかけられるのが好きな方もいます。ご利用者ごとの「好み」や「好きな言葉」をまとめて職員間で共有するとともに、ご利用者が役割を果たしたときや、みなの助けになる行動を取ったときに、ご本人に称賛を伝えられることが大切と考えています。日々の送迎を担う添乗員にも共有できれば、関係者が一体となってご利用者を理解し、応援することにつながります。
今年度から担当になった比嘉学主任支援員・虐待防止マネージャーも語ります。「虐待防止活動はどうしてもマイナス面に目が向きがちなのですが、もっとポジティブに利用者支援を捉えていく取組をはじめています。職員間の助け合いもそうですし、職員と添乗員で何か合同の取組もできないかと考えています。例えば事例検討だけでなく、ロールプレイを通じて職員のノウハウをお伝えするなどです。日々の送迎だけでご利用者との信頼関係をつくるのは難しいですが、職員と協働することでより理解が深まるのではないかと思います」と語ります。
「してはいけないこと」を伝えるだけの研修ではなく、すべての関係者が互いを尊重し、支え合うための前向きな虐待防止活動が進められています。
