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インタビュー

支援の前に立ち止まり、背景を考え、対話を重ねる

社会福祉法人ひらきの里 山口県発達障害者支援センター 主任相談員 吉富徹

目次

相談の現場から見える支援のかたち
山口県発達障害者支援センター、通称“まっぷ”は、県内に暮らす発達障害のある人やその家族、そして支援に携わる関係機関を支える相談拠点である。発達障害者支援センターは、全国の都道府県および指定都市に設置が義務づけられており、山口県では社会福祉法人ひらきの里が県からの委託を受け、2002(平成14)年から運営している。 まっぷの主な役割は、発達障害のある本人や家族、支援機関から寄せられる相談への対応を中心に、地域における支援体制づくりや普及啓発を行うことにある。相談の対象は幅広く、幼少期から成人期まで、ライフステージを問わず寄せられるのが特徴だ。 近年特に多いのは、成人期の当事者に関する相談である。「自分は発達障害かもしれない」「仕事がうまくいかず困っている」「どこに相談すればよいのか分からない」といった声が本人から寄せられることもあれば、家族から「どう関わればいいのか分からない」という悩みが寄せられることもある。また、支援機関の職員からは、利用者への関わり方や支援方法、環境調整についての相談が多い。 こうした相談対応にあたっているのが、発達障害者支援センターの主任相談員である吉富さんだ。吉富さんは2003年に社会福祉法人ひらきの里へ入職し、障害者支援施設で生活支援員としてキャリアをスタートさせた。生活介護事業所やグループホームなど、法人内の複数の事業所を経験したのち、2013年に発達障害者支援センター(まっぷ)へ異動。以来、相談支援をはじめ、地域事業所への研修講師派遣などを通じて、発達障害理解の普及と支援力の向上に取り組んでいる。 まっぷに寄せられる相談には、「対応がうまくいかない」「どう関わればよいのか分からない」といった、支援の迷いや悩みも多い。“まっぷ”では、そうした声に耳を傾けながら、支援を支える役割を担っている。
「わからない」「うまくいかない」を“氷山モデル”で考える
障害者支援施設で働く方がたから“まっぷ”に寄せられる相談には、共通する傾向がある。吉富さんは、現場職員からの相談を大きく二つに分けて捉えている。 一つは、「障害のことがよく分からない」「なぜ、そういう行動になるのか分からない」という状態のまま、支援に入っているケースである。知識や経験が十分でない中で現場に立ち、戸惑いや不安を抱えながら対応している支援者は少なくない。吉富さん自身も、未経験で福祉の現場に飛び込んだときには同じ思いを抱えていたという。 もう一つは、ある程度は理解しているつもりでも、実際に関わってみると、どうしてもうまくいかないというケースだ。研修を受け、知識もある。理屈も分かっている。それでも現場では思うようにいかず、対応が空回りしてしまう。「分かっているはずなのに、うまくいかない」。その積み重ねが、支援者のしんどさを大きくしていく。 そうした支援の行き詰まりに対して、吉富さんが伝えているのが、「一度立ち止まって考えてみる」という視点だ。「なぜ、そのお子さんは、その行動を取っているのか」。たとえば、「暴れる」「大きな声を出す」といった行動が見えていたとしても、その背景には、必ず何らかの意味があるはずだ。 この考え方を整理する枠組みが、“氷山モデル”である。目に見えている行動は、氷山の一角にすぎない。その水面下には、発達特性や、その特性に合わない環境、見通しの持ちにくさ、感覚の過敏さなど、さまざまな要因が存在している。 「私たちが『問題行動』と呼んでいるものの多くは、行動そのものと環境との相互作用によって引き起こされています。だからこそ、目に見えている行動に直接アプローチするのではなく、行動の背景にある特性と環境との関係を整理し、その「要因」に働きかけていくことが重要になります」(吉富主任相談員)。 行動の機能を考え、その機能に対してアプローチする。その積み重ねが、結果として困りごとを減らし、支援者自身を追い詰めない支援へとつながっていく。氷山モデルは、当事者の方がたへの理解を助ける、大切な視点なのである。
特性や障害を理解するために問い続ける
氷山モデルや発達特性についての知識は、研修や書籍を通じて学ぶこともできる。しかし吉富さんは、「理屈として分かること」と「本当に理解すること」は別だと語る。“まっぷ”に異動してから、吉富さんは、当事者の方がたと直接言葉を交わす機会が増え、様々な場面に遭遇した。その中で当事者から聞かれたのは、「ここがしんどい」「この環境がつらい」といった、日常の中での具体的な困りごとだった。 あるとき、当事者数人との座談会の後、昼食に行こうという話になった。それぞれ食べたいものがバラバラだったので、ファミリーレストランを提案すると、満場一致で却下された。理由は「うるさすぎて、食事ができない」というものだった。人の話し声、食器の音、突然鳴る呼び出し音、外から聞こえる車の音。支援者にとっては当たり前の環境が、当事者にとっては強い負担になる。最終的に、各自が食べたいコンビニ弁当を選び、落ち着いた空間で食事をとるという選択に落ち着いた。 この経験を通して、吉富さんは実感したという。「自分たちが良かれと思ってやっていることが、本人にとって良いとは限らない」。支援とは、支援者の価値観を当てはめることではなく、本人の感じ方に耳を傾け、折り合いを探し続ける営みなのだと。 虐待を根絶するために必要なのは、行為を単純に線引きすることではない。支援の現場では、「良かれと思って」行った関わりが、本人にとっては苦痛になることもある。そのズレに気づかないまま関わりが重なれば、不適切な支援や権利侵害へとつながる危険性は高まっていく。だからこそ重要なのは、「この人にとって、今の関わりはどう感じられているのか」と問い続ける姿勢である。 “まっぷ”では、支援が行き詰まり、誰かが追い詰められる前に立ち止まり、理解と調整を重ねるための土台をつくる。虐待のない社会は、特別な誰かがつくるものではない。「分からない」「うまくいかない」と感じたときに、立ち止まり、背景を考え、対話を重ねること。その一つひとつの積み重ねこそが、虐待根絶へつながっていく。
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